「なんだよっ・・・・・・」


逃げなくたっていいだろ?


避けんじゃねーよっ・・・。






一回、二回・・・ドカドカと壁を蹴りながら、隼人は荒れる気持ちをやり過ごた。


不貞腐れて、もどかしくて。


無意識に握った手の中に久美子のぬくもりを思い出す。


「こんなんならあのまま抱きしめてりゃよかったぜっ」


必死で隠す何かが気になって、むかついて。


せっかくの二人きりの独り占めできるチャンスを逃してしまった。


そう思ったら。


ぬくもりを思い出したら、なんかたまらなく抱きしめたくなって。


隼人はもう数回壁を蹴ったあと、久美子の後を追うことにした。








一方、猛スピードで隼人から逃げた久美子は、廊下の突き当たりの階段を上がった踊り場でしゃがみこんでいた。


切れた息を整えながら、やっぱりあいつはまずい・・・と、心底思った。


あのところかまわず訳もわからず、抱きついたりキスしたりする行動がやばすぎる・・・。


「あいつにこんなことしたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


なんとか隠した紙切れを取り出そうと、ポケットに手を入れた。





・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?





慌ててもう片方のポケットにも手を突っ込んでみる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


サーッと血の気が引いた。





・・・・・・ない・・・・・・ないっ・・・・・・!





「−−−−−−ないっ?!」


真っ青な顔で来た道を振り返った。


「ど、どどどうしよっ!?」


紙に書かれた内容が嫌でも頭を渦巻く。


『頑張ってくださいっ!山口せんせっ!』


なんて可愛い字で書きやがった少女たちが恨めしいっ!


もしも誰かに拾われて、読まれでもしたら一大事。


ていうか、私の教師生命どころか矢吹の生徒生命までも危ういじゃねーかっ!!


そう気がついて、久美子は階段に目を向けた。


左、右。一段、一段、隅から隅まで目を凝らす。


けれど。


「ないっ・・・・・・ない・・・・・・・」


廊下に膝をついて、必死に探してもなくて。


久美子の瞳にぶわぁ・・・と涙が溢れてくる。


「うっ・・・う・・・どどうしよ・・・っ・・・」


ボロボロと泣き始めてしまった。


それでも滲む視界を何度も拭いながら探していた久美子に、ふいに声がかかった。


「なに泣いてんだよ」


頭上から聞こえてきた声に顔を上げる。


久美子を追いかけてきた、隼人だった。


すぐ傍で自分を見下ろしている隼人に、久美子は泣きながら立ち上がると彼の制服を掴んだ。


キュッと掴んで少し安心したのか、涙もひいていく。


「・・・お、お前っ・・・かみ・・・白い、紙、見なかったかっ・・・?」


「見てねーけど?」


「・・・そ、そうか・・・」


隼人の言葉に、久美子は気を落とした。


隼人に拾われるのも避けたかったけれど、他の人よりはまだましだったのに。


もう拾われてしまったのだろうかと隼人の後ろに広がる廊下に目を向けようとしたのだが。


「・・・え?」


グイッと肩を掴まれて、そのまま壁に押さえつけられてしまった。


「なっ?!お、お前はまたっ・・・!私は、そ、それどころじゃないんだっ離せっ!?」


距離を一気に縮めて、頬に唇を近づけてくる隼人に顔が真っ赤に染まる。


掴んだままだった服を引っ張って抵抗しようとする久美子に、隼人は耳元で低く囁いた。 


「・・・俺から逃げッから悪いんだろ?」


ギクリ、ビクリと久美子が震える。


「・・・っ・・・やぶきっ・・・・・・」


「次の授業まででいいから、一緒にいろよ・・・」


いつのまにか背中に回された腕は久美子の身体を抱きこみ、そのまま唇を奪った。





その後、なんで隼人が知っているのかわからないが、久美子は空き教室みたいな場所に引っ張りこまれていた。


床に座り込んで、白い紙の行方に頭を悩ませる。


拾った人がろくに読まないで捨ててくれれば安心だけど。


でもよく考えてみれば、内容からいって大抵の人は冗談で済ましてくれるような気もするし・・・。


「・・・なに考えてんだ?」


と、肩口から掛かる声に引っ張られるように意識を戻す。


紙の行方よりも、大問題なことがあった。


(・・・どうしたもんかね・・・・・・・)


断りきれなかった自分も悪いんだし・・・。


引き受けちゃったからには、やるしかないんだよね・・・。


後ろから抱き付いている隼人の胸に、久美子は諦めの溜息とともに背中を沈めた。


恥ずかしい気持ちは消えないけれど・・・。


なんとなく、安心してしまう。


いつのまにやら居心地のいい場所になってしまった隼人の腕の中で、久美子はもう一度溜息をついた。


諦めやら安心やら、色々なものを含んだ溜息にそっと目を閉じる。








そして彼女は気づかなかった。


抱きしめてるその顔が、幸せながらもどこか意地悪げに笑ったのを。


彼のポケットの中で、何かがカサリと音を立てたのも。


まったくもって、気づいていなかった。








そして、それから数時間後のこと。


桃女のとある一室では、可愛い二人の声が響いていた。


「準備OK?」


「準備OKっ!!」


一人はその手にティッシュ箱を持って。


もう一人は、カメラをもって。


「だけど山口先生、ホントにやってくれるかな?」


「大丈夫よ〜。なんか結構お人よしみたいだったもん」


「そうだよねっ!なんか可愛かったよね〜〜っ!!」


「そうそうっ!!相手も文句ない相手だしっ!!」


「「きゃ〜〜〜っ!!放課後が楽しみ〜〜〜っ!!」」


なぜか、興奮気味の黄色い声を上げていた。








2、終  3 へ





あとがき


1のあとがきで竜クミっぽくなりそうって書きましたが、やっぱり隼クミ一本にいたしました。

なんかイチャイチャしてるだけの話になってきましたので・・・。

それにしても、なんか近頃文章が前にもまして変になってる気がする。

やっぱりシリアス系の方があってんのか、私。


次回で完結です。

二人のこれ以前の出来事については「暴走癖のある男」へどうぞ。(駄文気味ですけど・・・。)