消えない苦しみ











「なんなんだよっ!あいつっ!?」





憎らしい思いを吐き捨てる。


憎くて。悔しくて、たまらなかった。





べつにあんな女なんて好きでもなんでもねーんだから。


悔しいのは、女がいない俺たちに、見せつけるような二人が気にくわなかっただけ。


だからこんなにむかついてるんだと、思ってた・・・。











家に帰っても怒りはおさまらなくて。


飯食っても、風呂入っても、なにやっても、苛ついて・・・。


イライラしてむかつくから、とっとと寝ることにした。


横になってもむかついて。


枕の所為だといって、壁に思いっきり投げつけてやった。





それからいつのまにか寝てて・・・。





夢でも、あの時の光景を見た。





起きて・・・・・・・気がついた。








昨日、投げつけた枕をぼんやりと見ながら・・・。


自分のバカらしさに笑う。








苛立ちの一番の原因は、苦しかったからだ。


胸があまりに苦しすぎて・・・イライラしてた。








夢でみたあの時の光景には、男の姿なんてほとんどなかった。


あいつの隣に知らないむかつく奴がいるってだけで。


どんな顔だったかも、覚えてない。


ただあの女の姿、表情だけが鮮明で・・・悔しかった。


全てをゆるしているような。どこか甘えたような表情で。


自分の知らない奴と、寄り添うように並んで。


当たり前のように触れさせて。


当たり前のように腕を引かれて消えていく・・・。


俺の顔なんて、ろくに見もしなくて。


存在すら忘れられて・・・・・・。


その目の前の現実を認めたくなくて、苦しさを知りたくなくて。


自分はあんなにも怒ってた・・・。








でも、どうしたらいい・・・?





苦しさを知ったところで、苛立つ以外に忘れる術なんて・・・俺には無い。














その日の放課後。


竜や土屋達も昨日のことを気にしてか、様子がそれぞれおかしくて。


いつもはてきとうに5人で過ごすはずの放課後も、なんかフラフラと散らばった。


他の奴らも帰っていって、教室には隼人一人だけ残った。





椅子に足を乗っけて机に座りながら、相変わらず苦しさに苛立つ。


頭に浮かぶのは、昨日の久美子の姿ばかりで。


あんな姿なんて忘れちまえばいいのに。


忘れられない自分が、やっぱりとても悔しい。


「どうすりゃいいんだよっ!?」


「なにをだ?」


一人きりのはずの教室で。声など返ってくるはずのない空間で、なぜか返ってきて。


隼人が驚いて振り向くと、腰に手を当てて立っている久美子の姿があった。


「っ!?」


気配を消して、いつのまにか姿を現す久美子の行動は何度経験しても驚くもので。


それに加えて、今はあまり逢いたくなかった存在に隼人の身体に緊張が走った。


「・・・・・・いつからいたんだよっ・・・」


「ん〜・・・1.2分ぐらい前かな?」


首を傾げながら、すぐそばまできた久美子に隼人は慌てて顔をそむける。


急激に、鼓動が速度を上げた。


ドクドクと・・・信じられない音を立てて。


(何でこんなっ・・・よりにもよって一人の時にでてくんだよっ)


これじゃ誤魔化しようもない。隠しようもないじゃないかっ・・・。


息苦しくなる心で文句をいったって、久美子には気づくはずもない。


「珍しいな、お前が一人なんて」


「・・・一人じゃ悪いか?」


(俺じゃなくて、べつの奴が残ってればよかったってことか?)


自分で思ったことに、また酷く苦しくなる。イライラする。


昨日の姿が浮かんでくる。


「いや、悪くないけど・・・。でも・・・お前ら、なんか様子変だったからさ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


久美子の言葉に、息が詰まる。


他の奴らがどうだったか知らないけど。


自分はかなり・・・。バカみたいに動揺してた。


今日はずっと、ほとんど誰とも話してない。


視線さえあってない。


ただ一人の人間と目が合うのが嫌で。姿を見るのを避けたくて。


ろくに顔も動かせなかった。


見れなかった・・・。


見ることが、恐いとさえも思うほどに。


こんなこと思うなんて初めてで。どうしたらいいかもわからない。





そんな風に感じる自分が嫌で。





「なにかあったのか?また喧嘩でもしたか?」





そんな自分を見てくる視線が嫌で。





「−−−−−・・・てめーには関係ねーだろーがっ!?とっとと帰れよっ!?」





隼人は耐えきれずに強く叫んだ。





お前がいると身体が動かない。息もできない。


苦しくて、イライラするんだよっ!





言葉にできない想いを心の中で続けた。





「・・・矢吹・・・?」


久美子は戸惑うような声を上げて。


けれど・・・顔をそむけて、叫ぶ姿が苦しそうに思えて。


追い詰めてるような感覚に。


久美子は、それ以上踏み込みそうになる足をぐっと押さえた。


「・・・わかった。帰るよ・・・。でもな、なにかあったらいつでも相談にのるから」


久美子の声に、隼人は思わず小さく頷いた。


穏やかで優しい声が・・・息苦しさを消していく。


顔は見てないのに、その顔が微笑んでるような気がして・・・。


「それじゃ・・・」


隼人は、ゆっくりと顔を上げた。


長い髪が揺れて、背中を向けて。


「・・・また明日、学校でな。・・・じゃあな」


聞こえた言葉に・・・昨日の姿が、重なった。














『わ、わかったっ!あっ、お、お前らっ明日学校でなっ!』





知らない奴に、腕を引かれて。





『じゃあなっ!!』





あの時と同じ言葉で・・・遠ざかっていく・・・。





離れていく姿に・・・。





本当は。





手を・・・伸ばしたかった。








『行くな・・・っ!』








そう、いいたかった・・・。

















遠ざかっていく背中に。





離れていく姿に。





あの時、言葉に出来なかった。





伸ばすことの出来なかった・・・。





手を・・・・・・。








『行くな・・・っ!』








・・・・・・・伸ばした。














伸ばされた手は・・・腕へと届いて。





「えっ?!矢吹?!」





久美子の身体を、引き寄せた・・・・・・。








想いのままに。


その身を胸の中に捕らえて。





離さない。











「行くな・・・」


触れ合う身体を確かめるように・・・。


優しく甘い香りも、暖かいぬくもりも・・・・・・。


誰にも奪われたくないと・・・・・・。





ぎゅう・・・と、その身を抱きしめた。








「行くなよ・・・」


突然のことに驚いてる久美子の耳元にそっと囁いて。


隼人は、久美子を抱きしめたまま、横に目を向けた。


そこには当然・・・男の姿はない。





あの時、寄り添うようにして、知らない男のそばにいた久美子は・・・


今は確かに自分の腕の中にいる。


そばにいる・・・。





「矢吹?・・・どうしたんだ?」


腕の中で見上げてくる久美子の視線も、ちゃんと自分を見てくれている。


いつまでも浮かんでいた・・・苦しくて、恐かった、あの時の光景が薄れていって・・・。


苦しくて・・・イライラしていた気持ちが、消えていって・・・・・・。





隼人は、やっと・・・久美子を見つめることができた。





戸惑ったような顔で。ほんのり頬を染めて、見上げてくる久美子が・・・。





可愛くて・・・愛しくて・・・・・・・。





あの時、男が触れていた頬に・・・。





隼人は、溢れる気持ちを込めて・・・・・・。





そっと・・・キスをした。














奪ってしまおう。


今、この瞬間のように・・・。


視線も頬も・・・なにもかも・・・・・・。





こいつが俺を見ないときは、無理やりにでも、振り向かせて・・・。


気づかせて・・・。


そうやって・・・奪ってしまおう。











それ以外・・・苦しさを消し去ることなど。





出来ないことを、知ったから・・・・・・・・。

















あとがき


いつも竜にかたよりがちだったので、とことん隼人でいってみましたっ!!


ライバルものとかも、かなり好きなんですが、自分で書くと、そのCP以外
眼中にないようで・・・。

実のところ書いてるときは、隼人と同じ、誰か知らない男だと思いながら書きました。
(慎だと思って書くと、全然進まなかったので・・・。)


なので根本的な部分に慎クミがいる方には、ちょっと申し訳ないです。