隼人×久美子編



「は〜・・・今日は危なかったな・・・」


放課後。久美子は3Dの教室へ向かう廊下を歩いていた。


結局、突然の隼人と竜の行動と、教室に残ったなんともいえない虚しい雰囲気にのまれ、
久美子の爆弾発言はうやむやになって終わった。


それはよかったことだし、二人のおかげでなんとか誤魔化せて感謝したいくらいだけれど。


二人ともあれから教室に戻ってこなかったのだ。


午後の授業はもちろん、放課後になっても姿がない。


帰ったのかと思ったけど、教室に鞄は置きっぱなしになっていたし。


土屋や武田が携帯もつながらねーっていってたし、心配顔の土屋たちをとりあえず帰して、
鞄の置かれている教室へと帰る前に寄ることにした。





「矢吹はなんかすげー怒ってるみたいだったしな。なんか嫌なことでもあったのか・・・?」


ブツブツと呟きながら首を傾げた久美子は、ガラッと教室のドアを開けた。


中に入って、隼人と竜の机に置きっぱなしになっている鞄に目を向けた。


「取りにきて、はないか・・・。・・・いったいどこ・・・・・・・・・っ?!」


肩を落として溜息をつきそうになった時、ふいに背後で気配がした。


突然の気配に勢いよく振り向こうとした瞬間。


「−−−−うわっ!?」


それより早く、なにかが久美子の腕を捕らえた。


背後からいきなり腕を掴まれ、ものすごい力で引っ張られた久美子の身体は
無理やり床に座らされる形になってしまった。


その勢いで眼鏡が外れ、床に落ちた。


「・・・っ・・・・な、なにっ・・・・・・っ?!」


おもいっきりしりもちをついたお尻が痛いと思ったら、今度はぐいっと肩を引き寄せられた。


急に目の前が黒いもので覆われる。


包まれるような感覚に、思わず動きを止めると。


それが誰かに抱きしめられているということに気がついた。


顔を上げた先にいたのは。


「や、矢吹っ?!」


隼人だった。


突然の登場と、隼人に抱きしめられている状況に、久美子は一瞬パニックになる。


「なっ、なっなにしてんだよっ!矢吹っ!」


胸に顔をうずめそうになる体制にかぁっと頬が赤くなって、なんとか逃れようとするけれど
肩に回された腕がとても強くて、細い久美子の身体はガッチリと固められてしまっていた。


このぐらいの力、何ともないはずなのに。


恥ずかしさにパニックになっている久美子には、普段の力は出せなかった。


しばらく抜け出そうと暴れた久美子だけれど、一向になにも言ってこない隼人に気がついて
というか、半ばあきらめの気持ちで暴れるのをやめることにした。


「・・・お、お前・・・なんなんだよ・・・。」


疲れたと溜息をついていうと、肩に回されていた腕が離れたと思ったら、今度はがしっと
強い力で両肩を掴まれ、後ろに押し倒されてしまった。


「いっったっ・・・なにすんだよっ・・・って、や、やぶきっ・・・・な、なっ・・・」


お尻の次は背中に痛みが走る。


痛みに意識を奪われて、文句を言おうと目を開いて、自分の状況に気がついた。


目の前には酷く怒ったような隼人の顔があって。


肩を掴んでいたはずの手は、いつのまにか久美子の両腕を押さえつけていた。


身動きの取れなくなった久美子に覆い被さったまま、隼人は低い声でやっと声を出した。


「てめーの方こそ、なんなんだよ・・・っ!」


苛立たしげに。今までにないくらい酷く怒った顔と声に、久美子は思わず目を見開く。


ただ怒っているのとはわけが違う・・・。様子がかなりおかしいことに気がついた。


なにか言おうとする久美子よりも先に、隼人が口を開いた。


「・・・男なんていねーと思ってたんだけどな・・・。」


「・・・・・・え?」


隼人の言葉の意味がわからなくて、久美子は戸惑う。




その揺れた瞳に、隼人が一瞬・・・笑みを浮かべたような気がした。




途端に、久美子の中にぞくっとした恐怖みたいなものが浮かんでくる。



「・・・や・・・ぶき・・・?」


震えそうになる声で名前を呼んでも。


隼人には、久美子の声など聞こえていないような感じで、彼は言葉を続けた。


「・・・べつに・・・男がいよーがいまいが・・・かんけーねーよな・・・・・・」


スッと隼人の顔が近づいてきて。


その瞳が微かに苦しそうに揺れたのに気がついた久美子は、それに気をとられて。


「奪っちまえばいいだけだろ・・・?」



気づいたときには、唇を奪われていた。




「−−−−−ん・・・っ!?・・・・・・・っ?!」


頭を押さえつけられるように唇を塞がれ、逃れようと腕を動かそうとするとギリッと
爪が食い込むほどに掴まれて、その痛みを感じた瞬間、わずかに開いた唇の隙間からスルリと
隼人の舌が侵入した。


「・・・んっ・・・ふっ・・・・・・っ」


逃げようとする久美子の舌を絡めとり、角度を変えては久美子の口内を攻め立てた。



動けない自由を失った身体。頭や背中、手首の痛み。信じられない出来事。



久美子の頭の中はごちゃごちゃになる。



ぞくりとした感覚が身体中を走って、身体が震えた。



抵抗できなくなった頃を見計らっていたのか、隼人の手首を掴んでいた手が
片方外され、唇が離れた。


「・・・はぁっ・・・・っ・・・・あっ・・・やめっ・・・・・・っ」


自由になったと思ったのもつかの間、また唇を奪われる。


手首を離れた手は頭の後ろにまわされて、さらにくちづけは深くなっていった。


息ができないほどの激しい口付けに、ぎゅっと瞑った久美子の目じりに涙がにじんでいく。


自由になった片手で隼人の肩を突っぱねようとしても、その手は服を掴んだままそれ以上
動かせなくて。


顔を逸らすこともできない。


もう受け入れるしかない状況で、久美子はなにも考えられなくなっていった。


身体のすべての力が抜けそうになる瞬間。


腕を掴んでいたもう片方の手が、くびれの辺りをなぞって上へと這い上がってきそうな手の
動きに、ビクッと、久美子の身体に恐怖が襲った。




「−−−−−・・・っ・・・やっ・・・やめろっ・・・・・!?」



感じたことのない感覚に、久美子は無意識のうちに叫び声をあげて


隼人の身体を突き放していた。








「・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・・・・」


しゃがみこんで震える身体を落ち着かせながら、隼人の方を見ると、彼は座りこんでいた。


「・・・な・・・なんでこんなことするんだ・・・・・・・」


俯いていて顔は見れない。


投げ出された手が、なんか力なく見えた。


とんでもないことをされたのは自分の方なのに


久美子は隼人がとても傷ついているように見えて。


久美子は膝をついて、隼人のすぐそばへと近寄った。


「お前は・・・イライラすると女性を襲うくせでもあるのか?」


隼人の顔を覗きこむようにして首を傾げて言うと。


「そんなわけねーだろっ!?」


隼人は勢いよく顔を上げて、声を荒げた。


その声も、やっと見れた隼人の顔も、さっきまでの怒りを含んだものとは違うことに
ほっとしながら、久美子は小さく微笑んだ。




その優しい笑顔に、隼人はズキッと胸が痛んだ。




久美子の口から、テツという男の名前を聞いた瞬間。


目の前が真っ赤に染まった。


なにかを隠そうとする久美子の態度に、真っ赤に燃えた炎は勢いを増して。


爆発しそうな感情を必死で押さえて、壊れそうな心を放課後までじっと支えつづけた。


男がいるなんて思いもしなくて。


久美子の身体に触れた瞬間、自分じゃない誰かがその全てを手に入れてると思ったら。


もう耐え切れなかった。





男がいたって。無理やりにでも、自分のものにしてしまいたかった。





傷つけてでも、手に入れてしまいたかった。





だけど突き放されて。狂っていた気持ちも放れていって。


自分がしたことがどんなに酷いことか、思い知らされる。





なのに、久美子は優しく微笑んだのだ。


久美子の微笑みの意味はわからないけれど、これだけのことをして。


許されるわけはないと。もうこの想いも突き放されるだろうと思った。


締め付けられるような痛みが身体中を襲う。


けれど聞こえてきた久美子の言葉は、思いもしないものだった。


「それじゃあ、よっぽど許せないことがあったのか?」


「・・・・・・・・・・・・は?」


「私、なにか酷いことしちゃったのか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


不安そうな顔で首を傾げて自分を見上げてくる久美子に、隼人は言葉を失った。


(まさかこいつ・・・。キスまでしたのに・・・気づいてない・・・?)


怒りにかられて暴走したんだな。とか、思ってる感じだ。


(俺はそこまで最低な奴って思われてんのか・・・?)


気持ちが伝わっていないことよりも、そう思われてるほうがかなりショックだ。


「・・・そういうことじゃなくて・・・俺は・・・・・・・」


気持ちを伝えようとして、隼人はやめた。


いまさら言えることでもないし。


好きな女にあんなことをしたって方が、久美子にとっては許せないことだろうから。


知ったら。今度こそ、近づいてもくれないし、笑顔を向けてもくれないかもしれない。


そうなるほど酷いことをしたけれど、そうはなってほしくない。


いまだ不安そうに見上げてくる久美子の頭にそっと手を伸ばして。


「お前の所為じゃない・・・。ただ・・・なんか暴走しただけ・・・」


悪かったな・・・。


と、頭を撫でられた久美子は、優しい隼人の手のぬくもりに嬉しそうににっこりと微笑んだ。


いつもの矢吹に戻ったみたいだな。と、思ったのだけれど。





「・・・わりー・・・・・・もう一回だけ・・・キスさせて」


「はっ?!ちょっ、ちょっとまてっ−−−−−んっ!?んん〜〜〜っ!?」





目の前でにっこりと微笑まれた隼人の胸は大きく高鳴ったようである。








その後、満足したらしい隼人が久美子を抱きしめたまま聞いた。


「お前さ。あの料理の奴と・・・マジで付き合ってんのか?」


「はぁ?!そ、そんなわけないだろっ!テツは・・・ふぐっ?!」


隼人の腕から逃れようとしながら久美子が叫ぶと、隼人はすぐ後ろにある教室のドアに
久美子の頭を押し付けて口元を押さえた。


「名前言うんじゃねーよっ・・・。イライラする」


ギッとあのときと同じような視線に、久美子は押さえつけられた頭を何とか縦に振った。


「彼氏じゃねーの?」


そう聞いて、またブンブンと必死で縦に振る久美子に、隼人は息をついて手を離した。


「なんだよ・・・。あ?・・・んじゃ誰だよ。弟か?」


「弟・・・みたいなものだ・・・。い、いろいろあってだな・・・」


誤魔化すように視線を泳がせる久美子に苛立ちながらも、ここまで追い込まれていて
それでも話せないような訳が何かあるのか・・・。


と、考えることで暴走を押さえ込むことにした。





とりあえず。男はいないようだし。キスもたっぷりとできたし。


久美子は怒っていないようだし。(全然気にしてねーのも、むかつくけど)


今日のところは、よしとしよう。








(・・・いったいなんだったんだ・・・)


なんだか幸せそうに笑う隼人に、久美子は全然訳がわからずに首を傾げるのだった。





隼クミ  終わり