アンケートお礼小説「慎クミ」






「・・・・・・・さみー・・・・・・」


一月の終わり。


慎は、枕に顔を埋めながらボソリと呟いた。


ほとんど物がなく天井が高いだだっ広い彼の部屋は、冬になると一層の冷え込みを見せ、
寒さで目を覚ますこともしばしば。


秋の終りごろに母と妹が心配して持ってきてくれた柔らかい毛布と重たいくらいの掛け布団を
口元まで引き上げても、突き刺すような早朝の冷気に一度目覚めてしまった身体はなかなか温まらない。


慎は毛布で暖をとるのを諦めて、むくりと起き上がった。


テーブルに置かれたエアコンのリモコンへと手を伸ばす。


リモコンの時計を見れば、まだ7時を少し過ぎた時間。


日曜日で学校が休みの日に起きるにはまだ早く、特に予定もない。


早く起きたからといって、さしてすることもない慎は軽く溜息をついてリモコンをエアコンへと向けた。


スイッチを入れようとしたその時。


−−−−トンっトンっ。


「沢田ー?起きてるかーっ?」


手に持っていたリモコンが、ボトッとベッドへと落ちた。


何事だ?


声の主がこんな風に突然来ることは珍しくないけれど。


こんな早朝に来たことなんてないし、来る理由もない・・・?


おまけに今日は日曜日。


会えないと諦めていた心が、ドア越しにいるであろう人物を思い描いてドクンと鳴った。


「おーいっ!沢田ーっ!起きろーっ!!」


固まっていた慎は、我に返った。


腰を上げようとして戸惑う。


寝起きの顔やきっと寝癖付いているだろう髪はどうしようもないとして、


服だけでも着替えるべきだろうか?


黒のズボンに、長袖のシャツ。明らかに寝巻きとわかるものではないけれど。


どうしたものかと悩みそうになって、気づいた。


(・・・馬鹿か、俺は・・・・・・)


これではまるで女みたいじゃないか。


らしくもない動揺をしてる自分に、思わず吐く溜息。


「起きてないなら今すぐ起きろーーっ!」


どうせあいつは、そんな身なりのことなど気にかけてもいないのだから。


動揺するだけ、こっちが馬鹿みたいになるだけだ。


慎はそう自分に言い聞かせると、裾や袖を軽く整えるだけにした。





「おーきーろーーーーっ!」


近所迷惑な声は続く。


「じゃないと命が危ないぞーーっ!!」


(・・・・・・・は?)


なにやら物騒な話になってきた。


というか、脅し?


「早くしないと消えちゃうぞーーっ!なくなっちゃうぞーーっ!死んじゃうよーーーっ!」


(なに言ってんだ、あの馬鹿は・・・・・・)


朝っぱらから突然訪れたと思ったら、意味不明なことを大声で叫んで。


怒っているわけでもない無邪気すぎる声に、慎はイライラしてきた。


「・・・朝っぱらから、うるせーっ」


不機嫌そうに声を上げれば、嬉しそうな声が返ってきた。


「沢田っ!よかった、起きたかっ!まだ大丈夫だっ!」


またも意味不明。


慎は深く考えることを諦め、ドアを開けた。


無邪気に笑っているだろう存在を、睨みつけてやろうとしたのだが・・・。


彼の視界に映ったのは、白くて丸い物体だった。


底の深い皿の中で、ハーイっ!と陽気に手を上げているように見えるそれは。


赤いボタンの目と細い枝の手を片方持った、雪だるまであった。











微笑む、雪だるま











「どうだっ!?可愛いだろうーっ・・・っと、手が片方取れてるな・・・」


慎の目の高さまで持ち上げていた皿を腰の辺りまで下ろした久美子は、手袋をはめた指で取れて
しまっていたもう片方の手である細い枝を何とか挟むと、雪の塊へと刺して再度皿を持ち上げた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


そんなわざわざ目の辺りに持ってこられても、なにをどうしろっていうんだ。


というか、なんで雪だるまを持ってんだ。


言いたいことは沢山あったが。


「・・・とりあえず入れ・・・」


それだけ言うと、久美子を部屋の中に入れた。








皿を慎重に持ちながら部屋の中を歩く久美子が言うには、


朝目が覚めて雪が積もってたから、雪だるまを作ったらしい。


どうりで寒いわけだ・・・。


慎は部屋の小さな窓を一度見上げて、久美子の後ろをついて歩いた。


少し濡れた彼女の長い黒髪に目を止めて、ふと思う。


「・・・お前、歩いて来たのか?」


「おうっ!」


久美子はなんでもないように明るく頷いたが、彼女の家から慎の家までは、けして近い距離ではない。


その道のりをずっと運んできた・・・。


慎はその光景を想像して、思わず洩れそうになった笑い声に慌てて口元を押さえる。


「氷も入れてきたからちょっと重たかったけど、なかなかいいアイデアだろうっ!」


確かに手で持ってくるよりはいいだろうが。


そもそもの行動自体がまるで幼い子供のようだ。


雪が積もった嬉しさに、雪で遊んで。


上手くできた雪だるまを誰かに見てもらいたくて、駆け出す子供。


可笑しさに緩んでいた口元から、慎は手を離した。


ゆっくりと歩く久美子の背中を見つめた視線に自然と優しさが篭り、口元に緩やかな笑みが浮かんだ。


ドキドキと鼓動が鳴り始める。


自分に見せたくて久美子はここまで歩いて来てくれた。


そう思うと嬉しさで心が熱くなった。


でも、わざわざ歩いてこなくてもよかったのに。


早朝の寒い中。今のように慎重な足どりで歩いてくるのはかなり大変だっただろう。


慎は嬉しさを感じながらも、無邪気すぎる久美子に少し怒りたい気持ちも浮かんだ。


「・・・べつにわざわざ持ってこなくてもいいだろ」


「なにっ?!」


慎の言葉に、久美子は怒ったように振り向いた。


ポロリと片方の手がまた取れる。


「せっかくお前に見せようと思って苦労して持ってきたんだぞっ!?」


「・・・・・・・・・。」


久美子の口から言われると、ますます嬉しくなる。


だけど自分のためにしてくれた苦労を、素直にありがとうと受け入れられるほど、自分は広い心をもてない。


彼女がするのではなく、彼女のために自分がなにかしてやりたいのだ。


歳が離れてるのを意識する分だけ、その想いは高くなってしまう。


歳が少ない分。前を歩きたい。


久美子にしてみれば、くだらないちっぽけなプライドかもしれないけど。


「お前が持ってこなくても、俺がお前んち行けば済む話だろ?」


慎はそう言いながら、氷の上に落ちた枝を拾った。


少し腰を曲げて、元々刺さっていた場所からほんの少しずらした場所に刺してやる。


その時初めて、まじまじと雪だるまを見た慎は、なぜかとても違和感を感じた。


妙な感覚に眉を寄せたが、聞こえてきた声に顔を上げる。


「・・・そ、それは・・・そうだけど・・・・・・」


慎の動きをじっと見ていた久美子は、言葉を濁した。


当たり前のことを言われて少しバツが悪くなったのかと思ったが、どうも違うらしい。


なぜか言い難そうに視線を彷徨わせはじめた久美子を、訝しげな顔で覗き込んだ。


「そ・・・それじゃあ・・・駄目なんだ・・・・・・」


「・・・なにが?」


「・・・あの・・・な・・・?・・・沢田・・・・・・」


「・・・?」


「お前ん家の冷凍室って・・・空っぽだったよな・・・?」


恐る恐る見上げたその顔には、思いっきり苦笑いが浮かんでいる。


そして慎は悟った。


一瞬ショックを感じて、グラリと脳裏が揺れた。


額に手を当てて数秒後。


慎は呆れた溜息をついて、冷蔵庫まで歩いた。


上段の冷凍室を開ければ、確かに中は空っぽ。


「・・・早く入れれば?」


久美子の表情が、ぱぁっと明るくなった。


「悪いな〜沢田〜!家の冷凍室じゃ入らなくってさ〜!」


浮かれまくった声で、皿に乗っていた雪だるまを冷凍室に入れる久美子を慎は呆れた顔で見ていた。


(俺に見せに来たんじゃなくて、冷凍室目当てで来ただけかよ・・・)


嬉しさを感じていただけに、ショックも大きい。


けれど嬉しそうに雪だるまを眺めてる横顔に、慎は溜息をつきながらもその顔に小さな笑みを浮かべた。


目的はどうであれ自分を思い出してくれたことには違いないのだから。


「ほらっお前も見てみろっ!可愛いぞっ!最高傑作だっ!!」


にっこりと笑った久美子に肩を押されて、冷凍室の中に立つ雪だるまを見やる。


赤いボタンの目と細い枝の両手。


べつに特に変ったところはない。普通の雪だるまなのだけど・・・。


「・・・・・・・・・」


やはり違和感を感じる。


「・・・ん?・・・どうした?」


「・・・なんでもない」


どうもスッキリしない感じをしながらも、ゆっくりと冷凍室を閉めた。











「それにしてもこの部屋寒くないか?」


テーブルの前に座った久美子は、手袋を外しながら室内を見渡した。


コーヒーでも飲もうとヤカンを火にかけた慎は、言われてみて急に部屋の冷気を思い出す。


ベッドの上に転がったままのリモコンに苦笑いが零れた。


久美子が訪れてから、すっかり寒さなど忘れていた。





エアコンの風に部屋が暖かくなってくると、久美子の目がボンヤリとしてくる。


シンクに背を預けて久美子の後ろ姿を眺めていた慎は次第に下がっていく頭に、あと少しで沸騰する
だろうヤカンの火を止めた。


頭が完全にテーブルに沈むと、静かに近づいて久美子の隣にしゃがみこむ。


テーブルに片方の頬をつけて目を閉じている久美子は、あっという間に夢の中。


エアコンの風でだいぶ乾いた髪に、そっと手を伸ばして寝顔を見つめた。



穏やかで優しい。幸せそうな寝顔。


慎の心を暖かく優しく包む。


触り心地のよい髪を優しく撫でながら、慎はやっと気がついた。


雪だるまの違和感の理由を。


気づいて、小さく笑った。





らしくない考えだけれど。


それをせずにはいられない。








赤いペンを手に持って、冷凍室のドアを開けた。


枝分かれのところをポキッと小さく折って短いほうを赤く塗ると、雪だるまにつけてみる。


ちょうどいい大きさ。


不思議とそれらしく見える。


どこか似てると思いながら、慎は目を細めて穏やかに微笑んだ。





「・・・・・・ん〜・・・・・・?」


背後から微かな声が洩れた。


振り向くと、久美子がテーブルから頭を上げているところだった。


そっと冷凍室を閉めて、そばへと寄る。


まだ酷く眠いらしく、ユラユラと頭を揺らしながら、んー・・・むー・・・と声を洩らした。


「寝るか起きるかどっちかにしろよ・・・」


声に反応した久美子はどっちに慎がいるのかもわからないのか、両手でペタペタと床を叩きながら


しゃがんでいる慎の足を見つけるとズボンの先を掴んだ。


「・・・むー・・・・・・お腹・・・空いたぞ・・・・・・・・・」


ボヤーっとした顔と声に、出しそうになる笑いを喉の奥で噛み殺す。


「買いに行かねーとなんもないぞ?」


久美子の顔にかかっている髪を耳にかけてやりながら、言う。


「・・・んー・・・・・・・・・買いに行くぞー・・・・・・」


久美子は目を瞑ったままフラ〜っと立ち上がって、慎の肩口の服を引っ張った。


半分以上まだ夢の中にいるような久美子に慎は呆れた溜息をついて立ち上がった。


目も開けられないふらついた状態の奴と、どうやって買い物に行けってんだ・・・。


「俺が行ってくるからお前待ってろ」


「・・・駄目だ・・・。お前には・・・・・・あのパンは倒せん・・・・・・」


「・・・なんの話だ」


「一緒に・・・・・・あのパンを・・・目指そうじゃないか・・・・・・」


なんか会話さえも成り立たなくなってきた。


けれど、こんな状態のこいつを一人にしておくのもどうかと思い、慎は深い溜息をついて
一緒に行くことを了承した。





「・・・おいっ・・・ちょっと待ってっ」


「・・・んー・・・?」


すぐさま行こうとする久美子を慌てて止める。


「着替えてくるから。少し待ってろ」


そういって、服を持って洗面台へと向かう慎に久美子の瞳が微かに開いた。


ボンヤリと映る背中を不思議そうに見つめて、呟く。


「・・・おまえ・・・・・パジャマだったのか・・・?」


その言葉に、慎は珍しく困惑した顔で振り向いた。


やっぱり着替えておくべきだったか・・・。


なんか自分の情けないところを指摘されたような気がする。


肩を落としそうになるけれど、彼女の言葉は続いた。


「ふーむ・・・・・・イイ男っていうのは・・・パジャマを着ててもさまになるもんなんだな・・・」


ボケーッとしながらも関心したようにウンウンと頷いて見せると、フニャリと笑った。


思わず手に持っていた服を落としそうになる。


「・・・・・・・・・あっそう・・・・・・・・・」


ドキドキと速度を上げた鼓動を誤魔化すようにそっけなく言葉を返した慎は、


幾らか早い足どりで洗面所へと向かった。


気を落とした分、喜びは大きかったらしい。


冷たい水で顔を洗って、服を着替える。


落ち着いた鼓動に溜息をついて部屋へと戻った慎は、目に飛び込んできた光景にまたも動揺してしまった。


冷凍室を空けたまま、なにやら立ち尽くしている久美子。


冷凍室の中には、さきほど自分がらしくもないことをしたあの雪だるまがある。


いつかは知れるとわかっているけれど、いざ知れてしまうとやっぱりらしくないことをした自分が
恥ずかしくなってくる。


我ながら、なかなか馬鹿なことをしたような気がする・・・。


さっきから・・・というか、今日は酷く動揺してばかりだ。


まだ一日は始まったばかりだというのに・・・。


慎はもう馬鹿な自分を開き直ることにして、動揺を胸の奥に沈めた。


「・・・なあ・・・沢田・・・・・・」


いつもの無表情を作り上げた慎に、冷凍室の中を見ている久美子の声がかかる。


「・・・・・・・ん?」


「この雪だるま・・・やっぱ外のほうがいいよな・・・?」


想像していたものとは違う言葉に、慎は首を捻ってそばへと近づいた。


慎が冷凍室の中に視線を向けると、久美子は雪だるまを手に持った。


「こんな薄暗い場所に置いておいたら・・・なんか可哀想な気がするんだ・・・」


どこか悲しそうな顔で雪だるまを見つめる久美子と、彼女の手の中にある雪だるまを交互に見つめて。


「・・・そうだな」


そう呟いて、顔を緩めた。











外の雪は朝日を受けて、もうだいぶ融け始めていた。


「ここでいいかな・・・?」


「人通りもねーしいいんじゃないか?」


久美子は手に持った雪だるまを、マンションの壁のそばに僅かに残る雪の上に置いた。


朝日が射すその場所に置かれた雪だるまは、そのうち融けてしまうだろう。


久美子は少し寂しそうにしながらも、にこりと微笑んだ。


慎も雪だるまに視線を向けて、優しく微笑む。


どこか彼女に似ていると思った雪だるま。


暗くて冷たい一人ぼっちの場所よりも、日の光を浴びてキラキラと輝く空間が


彼女には似合ってる。


少しの間見つめて、久美子は慎を見上げて笑った。


「買いに行くかっ!」


優しく笑う久美子の髪を撫でた慎は、そっとその唇へとキスを落とした。


「っ!?」


突然の出来事に驚いて固まってしまった久美子の手を取って歩きだす。


引っ張られるように数歩進んだ久美子の顔が、かぁっ・・・と赤く染まった。


そして少し戸惑いながらも手を握り返した久美子は、彼の隣を並んで歩いた。











赤い目と、細い手をした雪だるまは、暖かな日差しの中で。


キラキラと輝きながら、その顔に優しい微笑を浮かべていた。





まるで二人を見送るように。


手を振るように・・・。


細い枝が、微かに揺れた。














ありがとうございましたっ!!

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あとがき


慎がいつもと全然違いますね・・・。そして久美子が幼すぎ・・・?

いつもの強引でちょっと横暴気味な慎が好きな人には、物足りなかったでしょうか?

というか、なさけなさすぎてショック受けてたらすみませんっ!!お礼小説なのに・・・。

ちなみにわかりにくかったかもしれませんが、慎がつけたのは、雪だるまの「口」です。