二人で並んで。 たぶん初めて、願いをかけた。 「そういえばさ、こんなところでなにしてんの?」 気持ちがそれなりに収まって、涙を拭った瞳でまる子は不思議そうに大野を見上げた。 「何って、初詣に行こうと思ってさ」 「・・・はつもうで・・・」 大野の言葉を繰り返し呟いて。まる子の胸が、また、チクリと痛む。 ふーん、と何気なく返した言葉が、ちょっと震えそうで。なんだか可笑しかった。 ホント、何がこんなに悲しいのかね・・・? 胸の奥でこっそり笑って。 じゃあねって、軽く手でも振って。 それから・・・、どうしようかなんて考えてたら、思わぬ言葉が降ってきた。 「お前ン家いったら、出かけたっていうからさ。探したんだぞ?」 「え?」 「でも、思ったより早く見つかった」 そう言って明るく笑う大野の姿に、まる子の胸はトクンと鳴った。 一度鳴った鼓動は治まらなくて。それどころかドキドキ音を強くするばかりで。 (なっなにさっ!大野君のくせにっ!かっこいいことしちゃってっ・・・!) 胸の奥で、文句をたれる。 真っ赤な顔でかっこいいなんていって。 本当は全然文句になってないことを、まる子はまだ気づいていない。 行こうぜ、と誘う大野の言葉に、まる子は、どうしようかねぇ、なんて返しながら。 ふと、思い出した。 「あ・・・、そうだ」 「?」 小さく呟いたまる子に大野は首を傾げる。 どうかしたのかと問いかけようとしたけれど。 「大野君。明日じゃ駄目?初詣。」 まる子の言葉に顔を顰めた。 胸がざわついて。 湧き上がる苛立ちに、思わず、手が伸びる。 がしっと、まる子の腕を捕まえて。 「誰か他の奴と行くのかっ?!」 焦った声が強く出た。 そんなことは許せないと、腕を掴む手に力が篭る。 「・・・お、大野君?」 不安げな声で名前を呼ばれて、ハッと我に返った。 驚いた顔で。少し怯えたような瞳で、まる子が見上げているのに気がついて。 「・・・わ、悪い・・・」 大野は慌てて、掴んでいた腕を放した。 「それじゃ・・・明日、な?」 「うん。じゃあね」 まる子を家まで送って、大野は溜息を吐いた。 なにやってんだよ・・・。 思わず浮かんだ苛立ちに我慢ができなかった。 この後、他の誰かといくのかと思ったら。耐えられなかった。 さくらがいないと言われたあの時から、自分でもおかしく思うほどイライラしている。 ・・・怯えさせるつもりなんてなかったのに。 空を見上げて、もう一つ、深い溜息が出た。 翌日の午後。大野は約束した時間にまる子の家の前で待っていた。 折角の初詣が持ち越されたことや、怯えさせてしまったことがずっと胸に詰まって。 溜息ばかりの元日だった。 なんて悪い出だし。 モヤモヤしたものが今も胸に詰まったままで、また溜息がでそうだったけれど。 次の瞬間、目に見えたものに大野は溜息を飲み込んだ。 「お・・・お待たせ、だね」 カランと下駄が鳴って。 視界に映ったのは・・・赤の、振袖。 慣れない下駄によたよたしながら、着物姿のまる子が大野の前に立った。 白い花の絵柄と、鮮やかな赤色。 頬を染めて、どこかいつもと違う顔で照れ隠しに「あはは」と笑う彼女は・・・とんでもなく、可愛かった。 おぼつかない足取りで歩くまる子の少し後ろを歩きながら、いつもと違う理由に気づく。 髪型だった。 両サイドだけを後ろで纏めて、和風の柄が縁に描かれたリボンの形をした髪飾りが付いてる。 カランと響く下駄の音に耳を澄ませて、前を歩く、まる子を見つめる。 揺れる袖も、少しだけ出てる小さな指先も。黒い髪にリボンを付けた、小さな頭も。 一つ一つ、何もかもが可愛く思えて。 でもそれだけじゃ足りなくて、足を急かした。 「下駄ってのは歩きにくいよ、まったく。」 隣を並んで歩けば、足元を気にしてる横顔が見える。 困ったように眉を寄せて。けれどすぐに大野を見上げて、まる子は笑った。 「でもこの音は、なんか楽しいよね!」 にこりと笑うその笑顔に大野もそっと微笑みを浮かべる。 可愛さに。愛しさに。 どうしようもなく・・・胸が、いっぱいになる。 だから、離したくない。 誰かの元へ、行かせたくない。 奪われたくない。 カラカラカランな鈴の音と。コツンと鳴って落ちてく小銭。パン、パンと鳴る手のひら。 真剣な表情で眉間に力を込めて両手を合わせてるまる子を横目にそっと微笑んでから、目を閉じる。 願ったことなんて、たぶん一度もないけれど。 こんな風に、祈ることもなかったけれど。 隣にいる彼女への想いが、胸に願いを生んでる。 どうか、そばに。 さくらがずっと・・・ずっとそばに、いますように。 なにを願おう。どうしよう・・・。 両手を合わせて、考えて。ふっと隣を見上げたら、目を閉じてる真剣な横顔が見えた。 トクンと鳴って。パッと視線を逸らして、また目を瞑った。 そうしたら胸には・・・一つしかなくて。 いつもみたいな、宿題が少ない年でありますように、とか、美味しいものが沢山家に来ますように、とか、 そんな願いも思いつかなくて。 ただ、一人。本当に一人だけ。大野君の姿だけが、胸にいっぱい溢れてる。 他のことなんて、何も考えられなくて。 ・・・大野君・・・ ただ、ただ・・・ そっと名前を・・・呼んでいた。 「だっ、大吉っ!?」 神社のおみくじを引いてみたら、先に広げた大野のくじは見事に大吉。 意気込んで。ちょっと、いや、かなり期待して、力いっぱい広げたまる子のくじは、 「だっ・・・大凶・・・!」 なんて、両極端な結果だろう。 「う〜・・・新年最初のおみくじが大凶なんて・・・」 運悪すぎだよ、とがっくり肩を落とすまる子に大野は苦笑いを浮かべる。 「落ち込むなよ。ただのおみくじだろ?」 そっと慰めるようにまる子の頭を撫でる。 「・・・大吉引いたあんたにはわからないよ・・・あたしの悲しみわ・・・」 恨めしい瞳で睨み返されて、大野は、うっ・・・と気まずそうに視線を逸らす。 なんでよりにもよって大吉と大凶なんだ・・・。 溜息を吐きそうになって。ふと、目に入った光景に大野は閃いた。 「なあ、おみくじ貸してみろ」 「ええ?」 小さな手から大吉のおみくじを受け取った大野は、背伸びをして、木にそれを結んだ。 それはよく見る光景。 でもなんだか恥ずかしくて。 (なにさ!また、かっこいいことしちゃって・・・!) そんなことしたって、大吉引いたあんたを恨んでやるんだからねっ! 一人で大吉引いちゃってさっ! そばへと戻ってきても変わらず、というかさっきよりも不機嫌になってるまる子に首を傾げつつ、 大野が「あと、これ。」と言ってまる子に差し出したものは、自分が引いた大吉のおみくじだった。 「なに?」 「やるよ。」 「・・・え?」 意味がわからなくて首を傾げる。 「俺は大吉を引いたってことで十分いい運だろうしさ。」 だから、お前が持ってろよ。 そう、優しく微笑む姿に。 まる子の顔は、もう誤魔化せないくらいに真っ赤に染まるしかなかった。 あーもう、どうしよう。 どうしようもなく、 大野君で、胸が、いっぱいだ・・・−−−−−− あとがき 今回は、まる子のベタボレ感いっぱいになりましたね。 かっこつけちゃって。ではなくて、かっこいいことしちゃって。が、密かなこだわり?です。 言葉にして説明するのは難しいんですけど、ね。 ニュアンスでわかってくれたら嬉しいな、って・・・そんなんわかりませんよね・・・(汗) あと大野君の心にもちょっとした進展が。 でも、う〜ん・・・続きを書くかは、とりあえず未定・・・かな。 |